桂あやめ

こんにちは!t-sくんです(^^)/

毎日どこかしらで事件や事故が起こっていますね。平和は日本でさえ・・・。

そんな中、本日取り上げるのは!

119号事件

という事件について!

あの落語家、桂あやめさんも被害にあった、この「119号事件」とは一体どんな事件だったのか?

調べていきましょう!

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桂あやめさんも被害にあった「119号事件」ってどんな事件?

119号事件」とは、平成3年12月に発生した凶悪事件です。発生期間はわずかで、その間に女性4人が被害にあいました。「スナックママ連続殺人事件」とも言われています。

犯人は西川正勝

しかも、被害にあった4人の女性には共通点がり、スナックの経営者が相次いで狙われたのです。

4人の被害者

・平成3年12月12日、670-0000のスナック経営者・正木久美子さん(当時45歳)を首を絞めたうえは物で刺殺。

・同月21日、690-0000のスナック経営者・高橋文子さん(当時55歳)を同様に殺害。

・同月26日に京都市のスナック経営者・原田京さん(当時55歳)を同様に殺害。

・同月28日に京都市のスナック経営者・村上紀子さん(当時51歳)を同様に殺害。

そして、この他にも女性落語家の桂あやめさんも恐怖の体験をしていたのです。

桂あやめさんが被害にあったのは、天王寺の自宅です。

西川正勝は「隣に引っ越してきた」と挨拶に訪れ、「電話を貸してほしい」と、桂あやめさんの自宅に上がり込んだのです。

受話器を渡すと、西川正勝は豹変し襲ってきたそうです。

桂あやめさんは花瓶を投げつけたり抵抗しますが、首を絞められて失神してしまいます。

意識を取り戻すと、再び首を絞められた為、西川正勝の要求に応じ、現金14万円を渡したそうです。

現金を渡すと、西川正勝は別人のように冷静になり「二度と罪は重ねない」と手をつきながら謝って立ち去ったそうです。

被害にあった翌日、桂あやめさんは記者会見を開き

 

「目をつぶると襲われた場面が浮かんで怖い。生きていられて本当に良かった」

 

と語りました。どれ程の恐怖体験だったか・・・。精神的ダメージは計りしれません。

犯人の西川正勝が逮捕されたのは、桂あやめさんが被害にあった2日後。

桂あやめさんの自宅から400m離れたマンションで、観念したように無抵抗で逮捕されます。

身を潜めていたマンションは、西川正勝のマンションではなく、そこに住むのは、母子2人暮れらしで赤の他人。

「親夫婦の仲が悪くて一緒にいられない。しばらく置いてほしい」

とウソをついて上がり込んでいたのす。

母親は西川正勝の身の上話を哲哉で聞き、出頭を促したそうです。全ては我が子を守る為。

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犯人・西川正勝の生い立ちや人物像とは?

西川正勝は鳥取県で生まれ、姉が4人いました。

西川正勝が9歳の時に母親と死別していたこともあり、母親の姿を日々追い求めたという。

この時父親は土木作業員をしており、出稼ぎに出たまま行方不明になります。

中学生になった西川正勝は、非行に走り養護施設や少年院に送致されたこともあります。

両親の愛情というものを十分に受けることができなかった西川正勝。

そういった経緯があり、1974年7月、18歳の時に中年のスナックママに近づきます。

この時のママの営業態度を勘違いし、いきなり関係を求めた為、拒絶されてしまいます。

実は「119号事件」の前にも事件を起こしていたのです。

松江刑務所に服役し、1979年に出所。

その後は1度、パチンコ店に就職しますが、またも強盗致傷事件を起こし刑務所へ戻ります。(懲役7年)

1991年10月に出所した西川正勝は、その後上記で紹介した「119号事件」へと繋がります。

2005年6月7日に死刑は確定し、2017年7月13日に刑が執行されました。

当時被害にあった、桂あやめさんは西川正勝の死刑執行について

 

「これでもう(社会に)出てこないんだと安心する一方で、亡くなった4人のことを考えると複雑です」

 

「あの瞬間に見せた獣のような目は今も忘れられない。他人に対する恐怖心からどうしても人と距離を置いてしまう」

 

「どうしてこれだけ時間がかかったのか。どんな順番で執行されているのかと思います」

 

と複雑な心境を語りました。

事件は解決に向かいましたが、桂あやめさんの心に焼き付いた恐怖体験は一生忘れることはできないでしょうね・・・。

でも、負けずにこれからも、落語家として人を笑顔にしてほしいですね!

と言うわけで今回は、桂あやめさんも被害にあった「119号事件」を紹介しました!

次回もお楽しみに(^^)v

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